
「長野県民は、山登りが嫌いである」
……いきなり極論を書いてしまいましたが、少なくとも僕の周りでは、あながち間違いではありませんでした(笑)。
四方をアルプスに囲まれた最高の環境に育ちながら、なぜ僕はあえて山を避け、そしてなぜ今、人生に欠かせない相棒として山を歩き続けているのか。 今回は『MOUNTAIN』ログのプロローグとして、僕の少し極端な「山の履歴書」をお話しさせてください。
「学校登山」という名の、高いハードル
僕と登山の出会いは、実を言うとお世辞にも「楽しいもの」ではありませんでした。
長野県の中学校では恒例行事となっている「学校登山」。中学2年生の時、僕たちは木曽駒ヶ岳へと向かいました。 当時はロープウェイなんて使わず、麓から山小屋へ一泊。山頂を踏んでまた麓まで下りてくるという、中学生には過酷すぎる本格的な行程だったんです。
山に全く興味のない少年たちにとって、それは冒険というより、ただただ「苦い思い出」でした。この経験のせいで、僕はいつしか「山はあえて自分から行く場所じゃない」と、心のシャッターをガッチリ閉じてしまったんですね。
ダイエットと、モンベル諏訪店での衝動買い
そんな僕が再び山を意識したのは、社会人になってからのこと。 理由はとてもシンプルで、「ダイエットをしよう!」と思ったからでした。
「すでに始めているキャンプの道具が流用できるし、手軽に始められそうだな」 そんな軽い気持ちで自分を納得させ、長野県諏訪のモンベルに駆け込んで、初めての相棒となるザック「チャチャパック45L」を購入しました。
今思えば、この衝動買いが僕の人生を大きく変えることになります。そのままの足で向かったのが、運命の場所となる「守屋山」でした。
守屋山の山頂で、世界が変わった
快晴の空の下、たどり着いた守屋山の山頂。 そこには誰もいない、僕だけの360度の大パノラマが広がっていました。

八ヶ岳、北アルプス、南アルプス。 かつて「遠くから眺めるだけ」だった景色が、この日は強烈な達成感と一緒に心の中に飛び込んできました。
一人で食べたカップラーメンとおにぎり、そして淹れたてのインスタントコーヒー。 その美味しさと圧倒的な解放感に、「あ、山ってこんなに自由でいいんだ」と、一瞬で沼に引き込まれてしまったんです。
ソロから始まった、全国規模への広がり
最初は一人で始めた登山でしたが、SNSを通じて仲間が増え、気づけば自分たちで登山サークルを立ち上げるまでになりました。
最初は数人の仲間から始まった場所でしたが、気づけば全国各地に支部ができ、最終的には400人近いメンバーが集まるコミュニティに成長しました。
金曜の夜、仕事を終えたらそのまま車を飛ばし、土日で山を歩き、月曜には何食わぬ顔で出社する……。 まさに「狂ったように」山に没頭したあの日々。同じ熱量を持つ仲間がいたからこそ駆け抜けられた、一生モノの財産です。
「ピーク」を目指すだけではない、今の山の形
結婚して2人のパパとなった今、あの頃のようなストイックな山行は一旦お休みしています。現在は月に1〜2回ほどのペースです。
昔の僕にとって、山は「頂上(ピーク)を獲りに行く場所」でした。 けれど、今は少し違います。
一人で静かに山道を歩いて自分をリセットしたり、家族との時間を大切にしながら、自然の移ろいを感じること。 今の僕にとって山は、人生のバランスを整え、次の一歩を踏み出すための「大切なホームグラウンド」になりました。
最後に
あの日、守屋山で感じた「ソト」への感動。 形は変わっても、僕の山への情熱はこれからも続いていきます。
このカテゴリーでは、かつての激しい山行の記録から、今のお酒とカメラを楽しむ「ゆるやかで、けれど深い」山の楽しみ方まで、等身大のログを残していきたいと思っています。
どうぞ、これからよろしくお願いいたします!

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